網走山岳会 / Abashiri Alpine Club

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冬期単独・知床半島全山縦走(2)ラサウヌプリ~暴風雪停滞72時

   

  • D2: C1→ラサウヌプリ手前の稜線(C2)
  • D3: C2→ラサウヌプリ→陸志別川源頭付近(C3)
  • D4: C3→遠音別岳南西の麓(C4)
  • D5〜7: C4→遠音別岳南西麓・急斜面を上がったところ(C5〜7・停滞3日間)

イグルーを後にして糠真布川五の沢を滑走、本流源頭に降りた。朝日の中を気持ちよく滑って幸先のいいスタート、に思えたが、尾根に取りついて間も無く斜面は氷化しシールが効かなくなった。こんな低標高からもう板担ぐのか……しぶしぶアイゼンをはく。小さなアップダウンを繰り返し、途中Co669mポコを過ぎたあたりの雪庇で一泊。翌3日目にラサウヌプリ南西尾根に取り付いた。

夏のラサウヌプリ山頂

ラサウヌプリは、知床の峰々の中でも最も遠い山の一つである。知床半島の形状は基部に近いほど幅広く、そのド真ん中に位置するラサウヌプリは、西のウトロ側、東の羅臼側、どちらの方向からも等しく遠い。夏に沢を詰めて何度か目指したことがあるが、稜線は背丈を越すハイマツに覆われ、毎回ピークを踏んだような踏んでいないような、よく分からないまま終わっていた。

ラサウヌプリ南西尾根から山頂を望む

冬のラサウヌプリは一転、ハイマツが雪に埋まり、夏には藪で見えなかった岩稜が厳めしく、格好がよかった。岩場を避けて簡単そうな西側に回り、ルンゼを登って山頂へ。

ラサウヌプリ西面と山頂の岩場

ラサウヌプリは羅臼側を流れる陸志別川の源頭でもある。この沢は源流部の連瀑帯で一気に標高が上がる痛快な沢で、訪れる度「ここは冬になったらいい斜面になるかも……」と考えていた。実際に雪に埋まったのがこちらです。

陸志別川源頭(夏)

陸志別川源頭(冬)

いい……。しかし悲しいかな滑る時間的余裕はない。

ラサウヌプリから先しばらくは細尾根が続くが、尾根直上はハイマツが出ていて歩きにくい。Co772mポコとその東の岩塔の間で板を履き、今日一日を締めくくる滑走。ようやく細尾根地帯を抜け出て平場にたどりつき、イグルーを組んだ。

3日目、唯一の滑走(画像中央のコルから)

翌朝、朝霧の中Co607mポコを越え、遠音別川源頭部の谷を北へ横切って稜線をショートカット……しようとしたのが間違いだった。谷の中は氷のバリズボ地獄、「シールは効かないが、かといってアイゼンだと踏み抜く」という最悪のやつである。よくよく考えれば、今いるのは山深いとはいえ標高500m弱、3月の低山。雪融けが始まっていてもおかしくない。沢はところどころ穴が開き、水音が聞こえた。シーアイゼンを持たなかったことを悔やみつつ、無駄な苦労をして支流から尾根へ這い上がった。

稜線に上がれば再びガリガリの厳冬期に戻り、快適そのもの。景色を楽しむ余裕が出てくる。

ラサウヌプリの北に突き立つ岩峰「ラサウの牙」

遠音別岳南西の台地には奇妙に歪んだダケカンバが点在。火の鳥宇宙編めいている。

南西尾根から望む遠音別岳

やがて次のピーク、遠音別岳が見えてくる。東面は急峻なので、西面へ回りつつルートを探す。遠音別岳西面は斜度が緩い代わりに、ハイマツに仕切られた回廊が迷路の様に入り組んでおり、夏はこの迷路の突破が核心となるのだが、冬であればハイマツが埋まっているので問題ない……かと思ったのだがそんなことはなく、無情にもハイマツの海が広がっていた。空身で右往左往偵察したが、結局ハイマツの無い急斜面を頑張ることに決め、行動終了。イグルーを組むが積雪が少なく、掘るとカンバの枝が出て作りづらい。

床の間に枝物を飾っていると思えば、これはこれで風流な気がしてくる。

5日目朝、イグルーから出ると外はホワイトアウトしていた。天気予報では行程前半に23日天気が崩れると伝えていたが、それがとうとうやってきたらしい。風はまだ弱く、今のうちにできるだけ距離を稼ぐことにした。視界は20m程だが、地形が単純なので十分である。2時間ほど登って急斜面を抜けた。

Co920m付近、いよいよ風が強くなってきたので、吹き溜まりを探してイグルーづくりに取り掛かる。これから数日間引きこもる大事な一戸建てだ。今までのものよりも時間をかけ、丹精を込めて作った。出来上がる頃には完全に暴風雪が吹き荒れ、転がしておいたザックが埋まりかけていた。

時間をかけた甲斐あって住みよい我が家ができた。

嵐はそこから三日三晩続いた。停滞用に本と酒は十二分に持ってきてあるので幾らでも引きこもれる……と思ったが、1100mlの計算で持ってきた富士山麓1.5Lが早々に底を尽いてしまい、つまみの干し氷下魚をひたすら齧って過ごした。

道東名物・干し氷下魚

氷下魚は石のように硬く、一匹食べるのに約3時間はかかる。よって午前・午後で計二匹食べると概ねいい感じに日が傾いているという、人生でも指折りの空虚な時間が過ぎていった。

同じイグルーで3日も過ごすと、火器や呼気の熱で壁や天井が大分薄くなってくる。引きこもって3日目の明け方、妙に重苦しいと思って目を覚ますと胴の上に30cm程の雪が積もっていた。天井の僅かな隙間から、チリチリとほんの少しずつだが着実に粉雪が降り積もってくる。

(ああ除雪しなくては……死ぬほど面倒くせー!!!!)寝袋をひっ被って反射的に二度寝してしまった。

…………。

いや待てこのままでは文字通り死んでしまう、と冷静になり一念発起して装備を身につけ、完全に埋まった出入口を掘り返し、一苦労して外に出てイグルーの壁を補修した。外は相変わらずのホワイトアウトで、暴風が吹き荒れている。予報通りなら明日の朝には止むらしいが……作業を終えると再び穴倉に潜り込み、冷たく濡れた寝袋にくるまって氷下魚を齧る作業に戻った。

行程8日目、停滞して4日目の早朝4時。準備を整え、満を持して入口のスノーブロックを蹴破った。開いた直径20cmの穴の向こうに、イグルー内よりはるかに暗い闇夜が見える。聞き耳を立てた。───無音。さらに蹴って穴を広げ這い出る。

外には鼓膜が凍りつきそうなほど静かで冷たい、満天の星空が広がっていた。

 

次回: 知床半島最高峰からの滑走/滑落、遠音別岳~知床連山

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