網走山岳会 / Abashiri Alpine Club

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冬期単独・知床半島全山縦走(3)遠音別岳~知床連山

   

  • D8:C7→遠音別岳→知西別岳→愛山荘(C8)
  • D9:C8→羅臼岳→三ツ峰→サシルイ岳→サシルイ岳北面(C9)

8日目4:00、イグルーの外に這い出ると、嵐は過ぎ去り無風無音の闇夜に星がまたたいていた。3日間食っちゃ寝して過ごしただけあって、疲労はすっかり抜けている。意気揚々出発、遠音別岳のピークを目指した。

遠音別岳は、ラサウヌプリ同様半島基部の真ん中に位置する山で、知床の山の中では遠い部類に入る。山の形が特徴的で、西のウトロ側は勾配の緩やかな広い斜面になっているのに対し、東の羅臼側は山体崩壊で急峻なガケが形成され、北岳バットレスならぬ遠音別岳バットレスと呼ぶ人もいるほど、極端な山容をしている。

今いる緩い西面は山頂に向かってひたすら登るだけ。黙々と歩くうち、徐々に夜が明けてきた。


山頂に近づくと太陽の光が目に突き刺さった。稜線の向こう側を覗くと、3日間で降り積もった新雪が朝日に輝いている。後ろを振り向けば、流氷漂うオホーツク海に夜明けが訪れようとしている。朝と夜の境界に、垂涎の斜面に仕上がった遠音別岳のバットレスがそびえたっていた。

遠音別岳山頂とバットレス

バットレスは常々滑りたいと思っていた。しかしそもそも滑走できるだけの雪がつくこと自体が稀。ドカ雪の直後であれば滑ることができるかもしれないが……それはつまり今である。この雪ならいける。今滑らずしていつ滑るのか?最大のチャンスを目の前にして30分近く悶々と迷い続けた末、結局、縦走を優先して滑走をあきらめた。初志貫徹、これでよかったのだ……(いややっぱり滑っておくべきだったかもしれない)

遠音別岳から知西別岳に続く稜線

後頭部が禿げ上がるほど後ろ髪を引かれながら、次なるピーク、知西別岳へ急いだ。ペレケ山(Co1267m峰)東台地付近に差し掛かると、一気に雲に覆われて視界がなくなり、強風が吹き始めた。知西別岳南東面、つまり今歩いている稜線の右手はストンと切れ落ちており、滑落にだけ注意すれば道はわかりやすい。ホワイトアウトした山頂で一休みして、板をはく。先が見えないのでスピードを抑えてゆるゆる滑り出した。

当初計画では尾根伝いに天頂山へ向かう予定だったが、尾根上の風があまりに強く、滑るどころか立っているのも厳しかった。何度か転げてひっくり返った。やむを得ず風を避けて谷に入り、そのまま羅臼湖まで滑り降りると、風は止んだ。振り返ると知西別岳山頂付近だけが不穏な雲に覆われているのが分かった。

凍結して雪に埋もれた羅臼湖と知西別岳

凍結した羅臼湖を横断し、知床峠から少し標高を下げると、森の中にひっそりと愛山荘が建つ。「愛山荘」とは、当網走山岳会が所有管理している山小屋である。毎年会員らでストーブの薪を搬入したり、山関連イベントで宿泊したりしている。網走山岳会会員ならばこの由緒ある山小屋を素通りすることはできまい。ノンデポでもノンサポートでもなくなってしまうのは残念だが、むしろ宿泊しないのは会の先達らに失礼であろう。いやー残念だなー!!!でも会員だからしょうがないよなー!!!

(全裸で薪ストーブガンガン焚いて、濡れたもの片っ端から乾かしてやるぜ……!)と嬉々として向かうと既に先客がいた。地元山岳ガイドのI藤さんとそのお客さんだった。火を囲んで世間話をし、話の流れでビールを恵んでもらう。これを飲んだらいよいよノンサポートではなくなってしまう!と脳裏によぎるよりも早く飲み干していた。美味い、美味すぎる。ありがたや……。

羅臼岳。中央に南西ルンゼが見える。

明けて9日目。凍てついた知床横断道路を知床峠へ向かって登り返し、羅臼岳へ向かった。積雪期の定番ルート、南西ルンゼを登って山頂を目指す。

主峰、羅臼岳。知床半島の最高峰である。1661mと丹沢で言えば蛭ヶ岳ぐらいの標高だが、緯度が高いため本州の3000m峰に近い自然環境にあると言われる。

南西ルンゼ中腹より。これまで歩いてきた山々。

実際、ルンゼの斜面はマッシュルームのような氷の突起に覆われ、巨大な健康サンダルを登っているかのようだった。そしてこの氷がまた異様に硬い。硬すぎてピッケルやアイゼンがしっかり入らず、時折前爪がズレるので気が抜けない。ルンゼを越えた先の雪田で息を整え、山頂の溶岩ドームを一気に登ってピークを踏んだ。

羅臼岳山頂手前の雪田。
羅臼岳山頂からの景色。

羅臼岳山頂からは左手に流氷、右手に国後島、正面に主稜線、とパノラマが広がる。何度見てもテンションが上がるたまらない光景である。ひとしきり堪能し、山頂を後にした。羅臼岳から先、硫黄山までの間は、いわゆる「知床連山」と呼ばれる半島の中でも特に標高の高い山が連なる核心部である。天候が崩れる前に抜けてしまいたかった。

これから向かう羅臼岳の北東面には毎年雪が多くたまる場所がある。山頂直下から東の肩にかけ2ヵ所、北東面から羅臼平にかけ1ヵ所、の計3ヵ所。これらを繋いで滑走できれば時間短縮になると踏んで、板をはいた。

羅臼岳北東面

山頂下からトラバース気味に滑り出し、肩の上からドロップ。まさかのスプレーが上がるほどの雪がある。歓喜の雄叫びを上げた直後、再び氷のマッシュルームが現れた。ガララララと板が氷にぶつかって暴れ、けたたましい音を立てる。エッジが効かない。ヤバい。板が外れ、転倒。洗濯板の上を真っ逆さまに滑り落ちた。(やばい、下に岩あったな。ぶつかるかな、止まるかな。あぁー……)と完全に神頼みだったが、幸い岩に激突する前に吹き溜まりに引っかかった。硬い氷の凹凸で尻を乱打され、痛みに悶絶する。蒙古斑だらけになった尻を想像した。

途中でこけたシュプールが残っている。

知床連山の三ツ峰以北は二重稜線になっている。この稜線の間にたまった雪を滑って一気に時間短縮……できたらいいな(懲りてない)と思っていたが、そう簡単にはいかなかった。どこも氷の凹凸に覆われ、滑るどころではない。地道にアイゼンで歩き、サシルイ岳を越えたところでタイムアップ。宿泊準備に取り掛かる。丁度よい雪庇があったのでイグルーづくりはたやすい……と油断したのか、ついにやってしまった。完成間際にうっかり天井を踏み抜き、その衝撃でブロックが崩れてイグルーを半壊させてしまった。

サシルイ岳北面にイグルーを組む(この後崩壊した)

日も暮れかけたところにこの凡ミスで心が折れてしまい、スキー板とサバイバルシートで雑に屋根をふいて、何も見なかったことにして完成させた。幸い天候は安定しており、寝ている間に雪で生き埋めになるようなことはなかったが、当然ながら屋根がスカスカな分、格段に寒い。そのせいかは知らないが、夜中にキツネか何かがイグルーの周りでガサゴソしているような足音(夢?)に苛まれてよく眠れなかった。

夜が明ければ丁度10日目になる。行程のおよそ2/3が過ぎ、こういった小さなミスが続くようになってきた。そしてとうとう致命的な事態が発生してしまう。

次回:  失われゆく装備。聞こえくる破滅の足音。今、なけなしのIQが試される―――ルシャ山~ポロモイ岳


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